コモンビートの活動について

コモンビートの活動への想い

特定非営利活動法人コモンビートとは、表現活動によって、自分らしく・たくましく生きる個人を増やし、多様な価値観を認めあえる社会の実現を目指すNPO法人。

現代の重要キーワード「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を15年前から実践している活動だ。

 

社会は多様性に溢れ、人は多様な価値観を持って生きている。

多様性があるからこそ地球は現在まで続き、イノベーションが起き、人類は社会をつくり経済によって発展してきた。

しかし一方で、価値観の違いを恐れることによって排他的な意識が生まれたり、争いが起こってきた。

人はみな、それぞれに異なる価値観を持ち現代を生きている。

その一方で、それぞれの異なる感性が、

何か共通で響き合う鼓動(価値観)も持っている

 

価値観の違いは、本当の意味で美しく楽しい。

創造も発見も、異なるものの組み合わせから生まれている。
同一化されたロボットのような人ばかりしゃ、社会はつまらない。

 

価値観の違いは、それぞれに認め合えばいい。

無理に価値観を受け入れる必要もない。

認めることと、受け止めることの選択は自由なのだから。

 

人との違いに恐れず、自分らしく自分を信じて生きる「自己肯定感」を持てる社会。

そして、誰もが必ず人に影響を及ぼしている「自己効力感」があることを知って欲しい。

だから、

それぞれが行動を起こせば必ず影響が起こる。

社会を良くしようと思えば、きっと社会は良くなる。

そして、

人との価値観の違いによって起こる多少の摩擦をも免疫に換えられるような、
強くたくましい人が増えてほしい。

その先にはきっと真の強さがあり、喜びがあり、より良い未来があるのだから。

 

ミュージカル「A COMMON BEAT」という作品の創作を通じて、およそ100人の一般社会人がキャストとなり100日で舞台を創り上げる。

先着で100人。誰が来ても受け入れる柔軟性と、100日間で作品を作り上げる熱意とリーダーシップを発揮するスタッフ。

これは、そういった人材を育成するプログラムでもある。

募集する人を選抜(オーディション)しないのは、キャストの多様性を高めるため。

「条件つきでなければ成功に導くことができない」と思いがちな既成概念を壊し、
ミュージカルをつくるという非日常行動で、カオス的な100日間は、
柔軟性や主体性、たくましさを育てる最適な時間でもある。

これまでに出会ったことのない多種多様な人たちとの出会いの中で、
夢中になって失敗や挑戦のできる体験は、なかなか日常ではできないものだから。

 

多様な価値観を持つ人との出会い、違いや共通を見つけ合いながら、
自分自身を自分らしくたくましくするミュージカルプログラム。

コモンビートの活動によって、
社会の多様性を高め、誰もが自分に自信を持ち、
一緒に未来のことを考えられるようになることを目指していきたい。

 

コモンビートでの活動歴

地球一周の船旅で出会った作品「A COMMON BEAT」
その作品を通して仲間が生まれ、その創作活動によって出ている若者のエネルギーはとても良いものだった。

この若者の良いエネルギーを、
社会を良くすることに向けられたらいいのに

そんなことを考えていたある日、
本屋でNPO法人設立の本を手に取る。

株式会社(営利)の経営なら想像がつく
でも、非営利の経営は知らない
新しいチャレンジになりそうだ

とりあえずその本を手に、当時この任意活動の中心となっていた韓朱仙と一緒に東京駅のカフェで、今のことや未来のことなどを語った。

そして、現場は朱仙が、組織や経営は僕が担うということで2人が発起人となり、多くの仲間と共に特定非営利活動法人コモンビートを設立し代表となる。

非営利だからといって、人とお金の問題で困窮したり言い訳する活動にはしたくない

海外ではNPOが営利企業と肩を並べて活動している姿があったから、きっと日本でもできるだろうと考えた。
そのために必要なのは経営力。それなら僕にもできるだろうと、団体の登記や毎年の申請、ファイナンス、組織作り、海外との著作権交渉、ミュージカルの興業を行う上での経営面での段取りを担当する。

資本主義の競争社会で疲れた若者が集まってくる傾向はあった中で、やはりお金のことは苦手な人が多い。
それに法務も事業計画もできれば避けたいと思う人が多い中においても、コモンビートが多様性というキーワードで様々な人を集めるチカラによって、そうしたバックヤードにモチベーションを感じる人も少なからず居た。
そういった人達が団体の支えとなり輝けるような組織となった。

団体の設立日は2004年3月11日。
そこから7年後の2011年3月11日に、東日本大震災が発生した。

様々な活動が自粛され、計画停電も実施される中では、ミュージカルの活動そのものが不謹慎とさえ思われた時期があった。
私たちにできることが何かということをみんなで考え、ボランティア活動で被災地支援を行い、そして人とひとの繋がりで復興ができないかと考えた。
その後、東北でのミュージカル活動が立ち上がり興業を行うこととなった。

団体設立日と同じ日に起こったこと、これから私たちが周年を重ねるたびにその日を迎えること、これは偶然ではないのかもしれない。

コモンビートの団体発足からで10年目の2014年。
活動地域も東北から九州までの全国、そして海外へと広がり、26(期)のプログラムで70公演、参加者約3000人、観客動員も10万人に達しようとしていた。
事業予算は約1億円、600人の会員組織と200人のスタッフ体制が全国の活動基盤を支えるに至っていた。

私自身も30代を駆け抜け、40歳を期に世代交代のタイミングを見計らっていた。
発起人の私と朱仙以外のメンバーはおよそ10歳ほど若く、長らく支えてきた20代の若者たちも30歳を越えるようになってきた。

早めの新陳代謝で、常に若い世代が現場で情熱を燃やし続ける団体であるために。

社会や教育はそんなに早く変わらない。100年で3世代ほどかかる。
だから今やれることは親の世代の意識変革。

「大人が変われば子どもも社会も未来も変わる」

急激な歪みは反動/反発を引き起こす。
だから、時間をかけて100年後の世界を変えるために活動を続けたい。

そのために必要な新陳代謝、そして今後代表になる人も10年で世代交代ができるような前例になることが必要。
そして自らが10年で退きたいと考え、数年かけて当時副理事長(現理事長の安達亮)に経営を伝授していった。

世代交代後に引き受ける代表は、最初に創設した人とは種類の異なる苦労がある。
1代目は「勢い」でもなんとかなったりするものだが、2代目はそうもいかない。
私は、現代表が次の10年で世代交代ができるよう、縁の下の理事として経営企画分野でのサポートを行っている。

コモンビートの情報

10周年で活動をまとめた雑誌

オルタナ別冊 コモンビート特集

コモンビート ホームページ

https://commonbeat.org/about/